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【THE FINAL】【無職奮闘記】この度、某大手会社オーストラリア本社勤務という運びになりました事をご報告させて頂きます

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12年周期の中で1番運勢が悪い時を抜けたら、そこはオーストラリアでした。この度、セカチャレ運営代表者Piroは某大手会社オーストラリア本社勤務という運びになりました事をご報告させて頂きます。

この日がいつか来るとは思ってはいたけど、その日は来るものではなく、自分でつくったものだった。無職からの卒業。

無職奮闘記の本当の完結編!終わりの始まりの始まり〜強制退職、無職からのオーストラリア本社勤務〜

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本サイト、セカンドチャレンジは私のあてつけから始まりました。

行き場のない思いをまずは整理する事。この記事を書いた時、まだ私にはオフィスがあった。仕事があった。収入があった。最初はワーホリという事で、良いように使われ、先を見通せていなかった自己の甘さを恥じた。と、同時に「とりあえず働いてやったんだから、次は自分が働きたい!と、心底、働く自分を好きになれる所で働こう!」

その余裕が自分の心を曇らせ、視界を悪くさせた。

現実は非常に厳しいものでした。チャンスはどこにでもある。チャンスに気づいて行動を起こす事が転機になる!そう思い、愛するパートナーに夢を語り、一人でニュージーランドの南島から北島へ渡航しました。

就活で送った履歴書CVは33社以上。

家賃もろくに払えない私は、愛するパートナーに心労をかける日々。

そして、最後の望み、「これがダメだったら、ここまでしてダメだったら、もう日本へ帰ろう。」そう思い臨んだ最終面接。最後の2人には残りましたが、結局、私には何も残りませんでした。

本当に辛かったですね。思い出すだけで胸が締め付けられます。今まで、楽しくてあの頃に戻りたい!て、思う事はありましたが、もうそんな事、金輪際ありません。オークランドの生活をあの想いを経験するのは二度とごめんです。

無職の期間は6ヶ月以上にも及び、「大丈夫。」「乗り越えられる。」と気軽にかけて頂く言葉さえ当時の私にとっては重く苦しいものでした。

あの時はどうやら12年周期のどん底だったみたいで、最後は占いにいきつき、そこに思いっきり、8月いっぱいまでは八方ふさがりだから何もしないで!て書いてありました笑 それ以降、9月下旬から世界が微笑みかけてくるからと。

本当に、9月下旬までは、誰の何の言葉も一切、不要な時でした。

理不尽に人は言います、

「若いから大丈夫。」「きっと良い事あります。」「声かけます。」
それは、初めてあれが合ってよかったと、乗り越えた自らが言える言葉であり、
誰かに言われる言葉ではありません。

多くの事をニュージーランドで試されました。これが最後だと思い飛びついたチャンス、オークランド。そこで、「頑張る事はいけない事なのか?」自問自答の日々。

「あなたは頑張っている。頑張っている事で周りがプレッシャーを感じる。きっと新しい職場もあなたを重く感じるのでは?」

その言葉に悩まされました。頑張る事をまるで否定するその環境が私にはとにかくあいませんでした。一刻も早く、離れる必要性を感じ、クライストチャーチへ帰りましたが、そこでは鬱の日々。

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惨めだ

今までしてきた事は何だったのか?

誰にもあえない
あいたくない
なんでここにいるのだろうか?

頑張っても無駄、何も報われない

そういった考えが根付き、今まで生きてきた中で一番、自己肯定感が低く、思い出してもどうやって日々を過ごしていたか気づけない程、無の時間を送っていました。

ただ、自分と極限まで向き合う事で、努力の向きを変えてみてはどうだろう?という視点に気付きました。

「就活はいかに人に好かれるか。人に自分をよくみせるか。そんな上っ面なスキルではなく、自己の本質、自分のスキルを磨く事へ努力を向けてみよう。」

と。

そこで、英語の勉強に本気で取り掛かりました。英語嫌いのあのPiroが!海外生活5年目で初めて英語と向き合いました。

そこで、やっぱり頑張る事は良い事だ!という事を体感しました。自分で頑張った分は絶対に帰ってくる。こうして自分を磨く事に意欲的になっていった私は、自然と多くの人と再会する機会に恵まれました。

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あ〜懐かしい。この感じ。

前の上司、あの時の友達、あの時一緒に仕事した方、バンクーバーの心友。まるで待ってたよ〜!とではないですが、つまりあれはこういう事だったんだよね?と答え合わせをするかのような微笑ましい時間でした。

ドン底の周期がもたらしてくれた後に気づけたのは人との繋がりや優しさであり、私の周りは変わらず愛で溢れていたんだぁ〜と、ようやくこの時、12年周期の1番のドン底を、そうですね、そこそこまで捉えられるようになりました。

立ち直れたもう1つのきっかけはワーホリ時代の心友の「よく頑張りましたね。」という一言です。あの時、「頑張れ!」「まだやれる!」という言葉しか持ち合わせていなかったもので、何もしない事を選ぶ事で、私は自らを救う事が出来ました。彼の言葉で私は十二分に救われました。

私の同世代は20代後半に入り、転職や昇進、
大学院に行かれた方は社会人1〜2年目突入の方もいるかと思います。留学先のバンクーバー、カナダで仕事が決まり、大学を中退した私からしたら、「新卒」という言葉、日本のボーナス、福利厚生付きの会社で勤めている同級生がとても眩しく感じられてました。
福山雅治には私はなれませんが、福山雅治も私にはなれない。
人は何者でもない時に誰かになろうとします。
私は常に誰かになろうと必死でした。

それでも、今、会社が買収され、強制退職、無職になった経験は非常に有難いものであったと想える自分になれたのは、温かく見守って下さった方々のお陰です。
七転び八起きという言葉がありますが、
私の七転び八起きは七回転び続けて、八回目にしてようやく起き上がる事が出来たという意です。
起き上がらせて頂けた事に、感謝申し上げます。ありがとうございます。

もう恐れるものは何もない事でしょう。
あれがあって良かったと言える自分になり、
これほどまでに愛に包まれている事を知ったのですから。

今までどれだけ良い高校に受かっても
カナダで就職が決まっても浮かれるなと厳しく両親から言われてきました。
そんな時、いつもノリ悪いな〜、なんで喜び共有出来ないんだて思って嫌な気持ちになってました。

そんな自分がいま仕事が決まって、入社し、自分に言う、決して浮かれるなと。

そう言えるようにさしてくれたのは親のお陰でもあります。
あの時分からなかったけど、今なら分かる本を読むかのように、今の私には多くの出来事に意味と有り難みを感じています。

無職の期間を終わらせ、浮かれるなと身を引き締める自分で今現在、いられる事に感謝しないとな。

親のお陰だ。ありがとう。

まとめ

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人生に意味なんてない。だから意味をプレゼントする。こうやって意味を自分でこれからもみつけていく。だから、私は、今日、この記事を始まりとして、これからもセカチャレを書き続けます。第2の自分へチャレンジ!世界へチャレンジ!こんな私でもチャレンジャーとしてここまで来る事が出来たのだから。きっと今悩んでいたり、これから悩む人でも、終わりの見えないトンネルに自ら出口をつくれるはず。そう願いも込めて書き続ける。記事を通して、私の今が、誰かの未来への一助になるのであれば、光栄です。

私が今になって思い出される話は、家のオーナーさんからオーストラリアへ行く前に聞かせて頂いたお話です。

「14年調教師のテストに落ち続けた人がいた。

だから、彼は14年間描き続けた。もし自分が調教師になったら、どうするか?何をするか?
彼は14年目、調教師になった時からずっとtopを走り続けている。
そのための14年だった。描くのに14年、必要だったのだ。

現実は思い通りにはならない
でもよせていく事は出来る。

あの時、私が諦めて日本にいたら、今、オーストラリアにはいません。もし、あの時、オークランドで採用されてたらこれほどやりがいのある仕事に就く事は出来なかった。

私の担当はケアンズ、シドニー、メルボルン、ゴールドコーストのオーストラリア各都市、エアーズロック、タヒチ、ハミルトン島、グリーンアイランド、ニュージーランドになります。

私にとって無職の期間は本当に必要だった。あれがあったからこれからもずっと走り続ける事が出来る。そう確信している。

まだまだ仕事はconfidentialな事が多く、詳しい事は書けませんが、
「ご自身の仕事が、世のため、人のためにどの様に関わっているかを感じ取って頂く事で、仕事に対しての見方や視野が広がってきます。その癖を習慣にし、ご自身の品格にすること。」
入社時に上司が贈って下さいました言葉を胸に、
自らの仕事が世界とどのように繋がり
人様のお役にどのようにして立てるのか深く考え、
仕事をさせて頂ける事に一層有り難みを感じ取り組んでいきます。

無職の時間が長かった分、どんな仕事も、まず、働かせて頂ける事に感謝です。朝7時出勤ですが、クリスマスも年末年始もお休みはないですが、毎週土曜日も出勤ですが、私は今、幸せです。きっとあの頃の私もそう思うはず。

ただ、愛するパートナーの誕生日を隣でお祝いしてあげられないのが心残りです。3年記念日も私がオークランドにいる事で共にお祝い出来なかったから。

でも、きっとこの先にもっと幸せが笑顔が待っていると思います!絶対に創る事が出来る。だってあれを乗り越えてきたのだから。

引き続き、会社名、役職に決して威張らず謙虚に邁進出来ますよう、
今後ともセカチャレを何卒、宜しくお願い申し上げます。

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